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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1831号 判決

原告

中村産業株式会社

右代表者

山中隆文

右訴訟代理人

宇津呂雄章

五味良雄

被告

西村増株式会社

右代表者

西村啓一

右訴訟代理人

野村清美

安保晃孝

主文

被告は原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和四七年四月七日以降支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り金一、〇〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和四四年六月一日以降支払済まで日歩三銭五厘の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告及び訴外中和産業株式会社(以下訴外会社という)は、被告との間で、昭和四五年四月三〇日左記のとおり合意した。

(一)、原告の被告に対する売掛残債権は右同日現在七、八一二万四、四二九円であることおよび訴外会社の被告に対する売掛残債権は右同日現在五、八五二万二、二六四円であることを確認する。

(二)、原告並びに訴外会社は、被告会社再再建のため原告の債権のうち四、一四七万七、七三六円及び訴外会社の債権の合計一億円の支払を猶予する。

(三)、被告は、右一億円について昭和四四年六月一日以降日歩三銭五厘の割合による利息を附して経営安定次第原告らに支払う。

2  原告は訴外会社に対し、別紙手形目録記載のとおり手形債権八、〇九七万六、一五一円を有している。

3  訴外会社は昭和四五年六月ころ不渡手形を出して倒産し、原告に対し右債務の支払をしないのみならず、自己に支払能力がないにもかかわらず被告に対する第1項(一)記載の債権の行使をせず放置している。

4  よつて、原告は被告に対し、第1項(一)記載の債権のうち四、一四七万七七三六円、及び債権者代位権により訴外会社の被告に対する前記債権五、八五二万二、二六四円、合計一億円およびこれに対する前記約定による昭和四四年六月一日以降支払ずみまで日歩三銭五厘の割合による利息金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実のうち、原告主張の日時に原告主張の合意が成立した点は否認する。同項(一)の事実は認め、(二)(三)の事実は争う。

2  同第2、3項の事実は不知

三、抗弁

1  被告は、昭和四五年四月三〇日原告との間で、原告に対する買掛金債務のうち四、一四七万七、七三六円及び訴外会社に対する債務五、八五二万二、二六四円の合計一億円については、先に原告の指示により経営不振であつた京都の栄羅紗店の営業を被告において引継ぎ約三〇〇〇万円の欠損を生じたこと、昭和三五年原告に対する債務の遅延利息の利率を引上げたことおよび原告からは他より一割ないし二割高の価額で洋服生地を仕入れていたことなど従来の取引関係上の事情から実質上債権放棄を受けるべきところ、原告会社役員の体面上債権放棄書の作成を受けることができないので、これを棚上げし、将来被告会社が支払可能な時期が来たときに改めて、双方協議のうえ、その支払方法を協議するという、いわゆる出世払い債務とすることを約し、被告振出の総額一億円の約束手形の返還をうけた結果、訴求権及び執行権を有しない債務(自然債務)となつた。従つて被告の原告らに対する債務は一般の債務と異なり右の限度で存在する不完全債務である。

2  仮に、自然債務でないとしても、被告の原告に対する債務は、前記の事情のもとに、昭和四五年四月三〇日、原告から被告の経営が安定するまで、その弁済が猶予せられたものであり、未だその弁済期が到来していない。

すなわち、原告の被告に対する債権の棚上げは長期の棚上げであり、被告の経営が安定したときに当事者協議のうえ棚上げ債権の支払につき協定するものであるが、被告の経営は未だ安定しておらず、且つ原被告間において被告の経営が安定したことによる支払の協定も行なわれていない。したがつていずれにしても原告に支払う義務がない。

四、抗弁に対する認否

1  抗弁第1項の事実は争う。

2  同第2項の事実のうち、本件債務の弁済期が未到来である点は争う。

五、再抗弁

1  本件債権は当初原被告間で棚上げしたのであるが、その後債権者である原告が倒産し、目下任意清算中であり、事情が変更している。すなわち、棚上げの合意は債権者である原告側で、債務者(被告)に対する権利の行使を猶予しても、経営が維持できることを前提にしたもので、債権者において倒産し、債務者が異常なく存続する場合にまで右合意の効力は及ばない。

2  従つて原告が昭和四五年六月に手形不渡りを出して倒産した時点で右棚上げに関する合意はその効力を失い、弁済期の定めのない債権になつたものであり、原告が昭和四七年四月六日被告倒産の内容証明郵便を以つて履行の催告をした時点において本件債権の弁済期が到来したものである。

六、再抗弁に対する認否

原告が昭和四七年四月六日被告到達の書面を以つて履行の催告をしたことは認め、その余は争う。

第三、証拠〈略〉

理由

一〈証拠〉によれば、原告、訴外会社、被告の三者間で昭和四五年四月三〇日左記のとおり合意が成立したことが認められる。

(一)  原告の被告に対する売掛残債権は、右同日現在七、八一二万四、四二九円であり、訴外会社の被告に対する売掛残債権は右同日現在五、八五二万二、二六四円であることを確認する(この点については当事者間に争いはない)。

(二)、原告並びに訴外会社は、被告の再建に協力するため原告の被告に対する右債権のうち四、一四七万七、七三六円及び訴外会社の被告に対する債権の合計一億円の債権を長期棚上げする。

(三)、原告は、訴外会社が被告に対し棚上げする金額と同額の訴外会社に対して有する自己の債権を棚上げする。

(四)、被告は経営挽回に格段の努力をし、その経営が安定すれば当事者協議の上、右棚上げ債権の支払につき協定するものとする。

以上の事実が認められ、右認定に反する被告代表者の供述部分は冒頭掲記の証拠と比較してにわかに措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。そして右認定事実によれば、原告主張の本件債権は、当事者の合意により長期棚上げされた債権であることが明らかである。

二ところで、被告は右債務は自然債務である旨主張するけれども、証人中村淳一の証言によれば、本件合意における長期棚上げとは、五年位を目途として、債権の支払を猶予する趣旨であることが窺われ、他方本件債務が、被告が支払可能な時期が到来したときにその支払方法を協議して支払うという、いわゆる出世払い債務であることは被告においても自認するところである。したがつて本件債務は、訴求権及び執行権を有しない自然債務とは異なることは明らかであり、又右約定自体、自然債務の約定とは到底認められないのであつて、俗にいう出世払い債務、すなわち単に不確定期限の到来ないし不到来の確定に至るまで支払を猶予するにとどまる不確定期限付債務と解すべきであるから被告の右主張は理由がない。

三そこで次に本件債務の弁済期について判断する。

〈証拠〉によれば、被告は昭和四五年七月一日から同四六年六月三〇日までの期間の決算において金二六三万〇、三三三円の当期利益を計上しており、被告の経営は一応立直り回復の軌道に乗つてはいるものの同期において三、一三六万三、八六二円の繰越欠損を抱えている状態であるからその後の回復を考慮に入れても、完全に安定しているとはいいにくいことが認められないではなく、また原被告間に本件債務の支払について協議をしたことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、いわゆる出世払い債務は、前記のように債権者が債務者の成功または不成功の時まで弁済を猶予する趣旨のものではあるが、債権者の側において破産あるいは倒産などの事由により弁済の猶予をなしえない状態に立至つたときは当事者の意思解釈および契約関係における信義則に照らし右合意はその基礎の喪失により債権者の側からの解除権の行使が認められるものと解すべきである。すなわち弁済を猶予する債権者の意思としては、右債権の支払を猶予しても何ら支障をきたさないことを当然の前提にしており、自身が破産等により他人に対する債権を猶予する余裕のなくなつたときにおいてすら尚各債務者の成功を待つて弁済を受けねばならない受忍を強制する拘束力を有しないというべきである。これを本件についてみるに、証人八洲孝夫同中村淳一の各証言によれば原告は昭和四五年六月一〇日手形の不渡りを出して倒産しており、被告は経営が不安定とはいいながらも会社は存続しているのであるから、たとい被告の主張にかかる各般の事情があつたとしても本件債権の棚上げの合意は原告の倒産によつて、その合意の基礎を失い、原告が昭和四七年四月六日被告到達の内容証明郵便を以つて本件債権の履行の催告をなしたこと(当事者間に争いがない)によつて右時点において弁済猶予の本件合意はすべて適法に解除され本件債権の弁済期が到来したものと認められる。

四証人八洲孝夫の証言およびこれによつて成立の認められる甲第四号証の一ないし二九によれば、原告が訴外会社に対し別紙目録記載の手形を所持し額面金額相当の手形債権を有していることが認められ、右認定に反する証拠はない。ところで、弁論の全趣旨によれば訴外会社は昭和四五年六月ころ手形不渡りを出して倒産した事実、原告が訴外会社から右手形債権の弁済を受けていないこと、および訴外会社が被告に対する本件棚上げ債権の履行を請求した事実がないことが認められるから、原告は訴外会社の債権者として債務者に代位し、自己の債権額に満つるまで訴外会社の被告に対する本件棚上げ債権を被告に請求することができるものといわなければならない。

五もつとも原告は昭和四五年四月三〇日の合意において本件棚上げ債権に対し昭和四四年六月一日以降日歩三銭五厘の利息を付する約定が成立した旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はないから被告は原告に対し本件棚上げ債権合計一億円およびこれに対する原告が被告に対してなした催告の日の翌日である昭和四七年四月七日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務が存するというべきである。

六よつて原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるからその範囲でこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(仲江利政 久末洋三 島田清次郎)

約束手形一覧表 〈省略〉

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